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宅配ボックスシェア7割のフルタイムシステム社の原点と未来

公開日:  最終更新日:2016/11/22

りそなーれ

りそな総合研究所が発行する「月間情報誌りそなーれ」にて、弊社、フルタイムシステム代表取締役の原幸一郎のインタビュー記事が掲載されました。

りそなーれは、中小企業向けの経営のヒントや中小企業経営者へのインタビューで構成される情報誌です。今回はそのインタビューの全文書き起こし記事です。それではどうぞ。

月間情報誌りそなーれ2015年5月号TOPの決断より
話し手/株式会社フルタイムシステム代表取締役原幸一郎(以下、原)
聞き手/りそな総合研究所代表取締役社長松井浩一氏(以下、松井)

松井:フルタイムシステムは宅配ロッカーのパイオニアであり、同社によれば、現在そのシェアは7割を超える。もともとマンション管理業務を展開していた原社長が、管理事務所での宅配便預かりでのトラブルに対応するため開発したこのシステムは、その後、様々な機能を加え、住民への多彩なサービスのプラットホームに進化した。その進化の原点と未来を探る。

海外を旅して培った危機回避の嗅覚

松井:社長は大学を出られて、何年か海外を旅行されたようですね。

原:はい。当時ね、小田実の『何でも見てやろう』っていう本が出たんですよ。それで、よし、これやと思ってね。アメリカとヨーロッパに2年半、一度日本に戻って中南米に行きました。

ヨーロッパではユースホステルに泊まってたんですけど、ここは危なそうだとか、あっちは大丈夫かなとか、指に唾を付けて風向きを見る。そういう感覚は、このとき養われたんやと思います。

松井:なんともいえない嗅覚というか。

原:そうそう。今のその感覚は役になってますね。

建築資材からマンション管理へ事業転換

◯高度経済成長の波に乗り企業基盤を確立する

松井:日本に帰って、最初はどんなお仕事をされたんですか。

原:先輩がやっていた建築資材の会社で業務とか営業とかさせてもらって、一年半ぐらいで独立しました。だから、28歳ぐらいから社長をやっています。

松井:その建築資材の会社は、順調に?

原:日本経済がまだどんどん成長していたときですから、当時の道路公団始め公共工事の仕事を中心に利益は上がりました。

松井:普通は、それだけ順調ならその仕事で満足されますよね。

原:いやいや、そうはいきません。ちょうどその頃、マンションのブームが始まったんです。商社から建築資材の仕事はもらってたんですけど、管理の仕事も欲しいと毎日毎日営業をかけました。

この仕事は、居住者の方々への対応に手間がかかるので、当時はみんな嫌がっていたんです。だから、やりだしてすぐ全国シェアが10位くらいになり、ちょっとしたら3番目に上がりました。

宅配便トラブル解消のため世界初の宅配ロッカーを開発

◯マンション管理でのトラブルがヒントに

松井:でも社長は、それでも満足されなかったわけですか。

原:その後、少しずつ宅配便が増えてきたんですよ。管理する社員が代わりに受け取って、帰られたらお渡しするみたいな仕組みになってたんですが、なにしろマンションの管理事務所は非常に狭い。

入りきらないゴルフバッグを外に置いて盗まれたり、トラブルばっかり起こるわけです。これはなんとかせないかんと思って、表にロッカーをつくって、それを24時間専用回線で監視するシステムをつくったんです。そして昭和61年(1986)にフルタイムシステムを設立しました。

松井:なるほど。それが宅配ロッカーの始まりだったんですね。

原:はい。そんなものは、それまで世界のどこにもありません。

松井:最初から、利益は出たんですか。

原:儲からないですよ。最初は(笑)。2,000万円ぐらいかけてつくって、400万円で売りましたから大損です。

それに、当時は管理人が荷物を預かるのが普通でしたから売れもしない。改良して、普通の電話回線でウォッチングできるようにしてから、ちょっとずつ売れ出しました。

松井:普及するきっかけは、なんだったんでしょう。

原:郵便小包を扱えるようにしたことです。当時郵政省の規約では、宅配物は手渡しが原則ということだったんです。判子かサインがなかったらいかんと。

それが原因で、なかなか大手のデベロッパーが買うてくれへんかったわけです。それで、小包が扱えないのはえらいこっちゃと、突然当時(平成3年5月)の郵政省に乗り込んでいったんです。

それで、3年かけて交渉し、郵便規則が変わりました。そうしたら、すぐ大手デベロッパーからお電話をいただいて、納入が決まったんです。

主導権確立まで取材を受けない沈黙戦略

◯顧客からの要望に対応し展開する多種多彩なサービス

松井:そのときに、追随する会社はなかったんでしょうか。

原:ある銀行を見習った戦略が、功を奏しましたね。納入先が500ヶ所を超えた頃、マスコミからの取材依頼が殺到したんですが、それを全部シャットアウト。他社に追随されないように、一万ヶ所を超えるまで、静かにじっとしてたんです。

松井:その戦略は大成功したわけですね。

原:大成功です。他社が気づいて追随してきたときにはもう市場をつかんで、まだまだ伸びていましたし、管理費をいただくシステムも確立していましたから。

松井:その後も、だんだんサービスを広げられていきました。

原:そうですね。郵便書留が受け取れる宅配ロッカーを郵政省と一緒に開発したのが、平成11年(1999)。

このロッカーの構造を利用してカギの受け渡しをするのが、電動自転車の無人レンタサイクルシステム「F-rents フレンツ」です。

それから平成22年には、マンショ住民でカーシェアリングをする「フレンツ倶楽部」をスタートさせました。

松井:そういうご発想っていうのは、どこから出てくるんですか。

原:そもそも、お客様から要望があったら、100%嫌や言うなと(笑)。僕もそういうこと考えるの好きですしね。

松井:クレジットカードでの決済までできるそうですね。

原:やってますよ。クリーニング台や宅配便の発送、マンション施設の予約利用料、電動自動車の充電代まで決済できます。

設立30年の節目を迎えさらなる進化を目指す


◯次の30年、さらに1000年を見据えたサービスの進化

松井:最後に、御社の今後の方向性を教えていただけますか。

原:まず、当社の基本は、なんといってもフルタイムロッカーだと思っています。現在約2万2000ヶ所ですが、最近でも毎年、2000ヶ所ぐらい増えてきてますし。

それに、インターネットの普及で暮らし方がどんどん変化して、サービスの内容も急速に多様化していかないとならない。

当社は今年で設立30年ですが、企業寿命30年説でいえば、これで一区切り。来期からは、第2ステップに入ります。この間聞いた話ですが、日本には1000年以上続いている会社が世界で一番多いらしい。

500年以上の会社は、124社、200年以上の会社いうたら3000社以上あるんですって。社員にそう言って、うちもそれを目指すと。

そのためには、みんなに一生懸命やってもらうのは当然やけど、それ以前にみんなが愛する会社にしていかなあかん。君らの力を貸してほしいと、今盛んに言うてるんですよ。

松井:1000年企業を目指されると。

原:はい。1000年たったとき、僕が生きてるかどうか分かりまへんけどな(笑)。

松井:いえ、社長なら十分可能性はあるかと思っています(笑)。本日は夢のあるお話をありがとうございました。

interview後記

松井:原社長との対談中、「いけー」という掛け声とともに右手こぶしを天に突き上げるポーズを何度か拝見しました。今年で72歳ということですが、大学時代(同志社大学)ラグビーで鍛えたその力強さは、今も全く衰えることなく健在です。どんな厚い壁でも突き破る、そのバイタリティーにより、新しいサービスの扉をこじ開けたんだなぁー、とただただ敬服のひとときでした。

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